恰好、かっこうつけて...

  年末の話だが、雪が降っている時にクルミの木の枝を、
 剪定にきた、何でこの時期にと腹が立った。
 このクルミの木は、市の街路樹と違うので人気者なのだ。
 秋の終わりころに落ちるクルミを楽しみにして1個2個でも
 拾って、楽しんでいる人達がいる。
 この姿を見て皆同じ気持ちなんだと思った。
 年齢層は小学生から年寄りまで、中には釣り竿を持ってク
 ルミを落としていく人もいた。
 そんなわずかな楽しみを壊すなって、いいたい。
 通行の支障にならない必要最小限の枝の剪定して欲しか
 った。が、根こそぎ切っていったのだ。
 情緒も無い、型どおりの役所に委託された業者の仕事だ。

 もう一つ、型どおりの仕事で綺麗になった一級河川だ。
 護岸工事して洪水も防げて川の水も綺麗になったのは認め
 るし恰好もよくなった。が、過剰に整備するのも如何なもの
 だろうか。
 以前は、春になったらカエルがいたからオタマジャクシが見
 えたし、秋に聞けたはずのキリギリスの鳴き声だって今は
 聞けない。どうなるのだろう。
自然の事を考えて対処しているそうだが、どこの都市でも
似たり寄ったりのことをしていると聞かされた。

かっこうよさに、注視するのも良いけど、自然と交通、それ
に隣近所との兼ね合いのバランスを図っていく事が求めら
れると思う。
無頓着な行動のつけの支払いは、誰が払うのだろうか...。

                    春風するめ